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ライフ・オブ・パイ  隠喩  考察  感想  

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ライフ・オブ・パイ考察と感想~作品に込められた隠喩の数々~【映画レビュー】

   ↑  2013/02/04 (月)  カテゴリー: 映画レビュー
ライフ・オブ・パイ、観てきました。非常に面白かったと思います。予告では全く想像できなかった拡がりが待ち受けていました。いい意味で裏切られた、という感じ。予告にあるような、虎と少年の友情感動物語を期待すると、面喰らうことになるでしょう。推測により補完する内容が数多くあるので、行間を読めないような人が観るとただのわかりづらいクソ映画になるかも。レビューを観ていると、内容を全く理解しないで糞と言っているものもあり、それは残念だと思った。

この記事は、映画の感想と考察のまとめになります。後半はネタバレになってしまいますので、ご注意ください。

おおまかなあらすじ(ネタバレ無し)


1976年、インドで動物園を経営するパイ(スラージ・シャルマ)の一家はカナダへ移住するため太平洋上を航行中に、嵐に襲われ船が難破してしまう。家族の中で唯一生き残ったパイが命からがら乗り込んだ小さな救命ボートには、シマウマ、ハイエナ、オランウータン、ベンガルトラが乗っていた。ほどなくシマウマたちが死んでいき、ボートにはパイとベンガルトラだけが残る。残り少ない非常食、肉親を失った絶望的な状況に加え、空腹のトラがパイの命を狙っていて……。(シネマトゥデイ)

以降完全にネタバレになるので、
まだ映画をご覧になったことがない方は、まず
映画ライフ・オブ・パイ公式サイト
を参照の上、映画を観てから、以下を読むようにしてください。このエントリーをはてなブックマークに追加

作品の詳しいあらすじ


スランプに陥った青年作家が、旅行先のインドで偶然知り合った老人に「パイ・パテル」を紹介される。中年パイは、彼に自分の生い立ちを話し出す。

パイの本名はピシン・モリトール・パテル。彼の名前はフランスの優雅な市民プール「ピシン・モリトール」から取られたが、インドの言葉ではピシンは「尿」という意味を含んでいるので、少年たちのからかいの的となった。しかし彼は自ら「パイ(π)・パテル」を名乗ることでそれを克服した。彼は授業毎に自分がパイであることとその由来がパイ(π)であることを強調し、膨大な円周率を覚え披露することでパイとして周知されることとなった。

彼の家は動物園を経営していた。ある日、餌をあげてトラ(リチャード・パーカー)を手なずけようとと無断で檻に近づいたパイに対し、父親はトラが動物を喰い殺すところを見せ、パイに自然の残酷さを教える。

また、ビジネスマン気質で合理的な父親と、敬虔なヒンズー教徒である母、そして近所にあるイスラム居住区といったように、信仰の種が多く存在していたことなどから、彼は様々な宗教に興味をもっていた。彼は元来信仰していたヒンズー教だけでなく、キリスト教やイスラム教という、三つの宗教を同時に信仰する特異な存在となった。

彼が16の時、経済的な理由から一家は動物園を閉園し、動物を売り払い、カナダで暮らすため日本船に乗ることになる。日本船の食堂で、ベジタリアンの母親は肉の無い食事を頼むが、コックは肉を抜こうとしなかったとりあわなかった。親切な仏教徒が肉汁ライスを手に、「肉汁ライスは肉じゃないから」と勧めるが結局パイたち手を付けなかった。夜になり、船は嵐に巻き込まれ沈没、パイを除く家族は船の中へ置き去りになってしまう。小さな救命ボートに残ったのはパイと数匹の動物だけだった。

救命ボートには、足の折れたシマウマ、子供を捜す母オランウータン、凶暴なハイエナ、獰猛なトラが乗り合わせることとなった。トラ(リチャード・パーカー)が救命ボートの中に潜んでいる間、ハイエナはシマウマを襲い足を食べ、それを見て騒ぎだしたオランウータンのことも殺してしまう。その瞬間ボートの中からトラが飛び出てシマウマを殺す。このようにして、トラとパイだけが生き残ることとなった。

パイは、ボートの上を歩きまわるトラに襲われないために浮輪などを組み合わせてイカダを作り、救命ボートとつないで漂流した。あらゆる手を使ってトラを飼いならそうとするが、うまくいかず、命がけの漂流生活が続く。ある時パイは、魚を獲るために海に飛び降りたトラを見捨て一人で漂流するか、すくい上げボートに乗せるか否かの選択を迫られることとなる。トラに命を脅かされていたはずのパイは、同時にトラと過ごす緊張感により生きながらえている自分を発見し、トラを救う。

猛烈な嵐が襲ってきた時、激しい嵐の中に神みたパイは、立ち上がり叫ぶ。嵐の後、パイはトラと心が通じているのを感じた。鯨に非常食をはたき落され、空腹と体力の限界にあったパイとトラは、幸運にも無人島に辿りついた。ミーアキャットで埋め尽くされるこの島で、パイには海藻、トラにはミーアキャットがご馳走となり、漂流で疲れきっていたパイたちは、腹を満たすことができた。しかし、夜に満潮になり、朝に溶けた人間の歯を見たパイは、そこが人を溶かす食人島であることに気がついた。食糧を積み、トラと共に再び漂流する。過酷な漂流でトラもパイも衰弱する中、メキシコへとたどり着いた。パイは砂浜に倒れ込んで動けなくなった。そうしたパイに対し、トラは振り返ることもなく森の中へと消え、それを見たパイは無情さに涙した。

以上がパイの語る動物たちとの漂流記だった。メキシコにて入院していたパイの元へ、日本人の保険会社の人が船の沈没原因を調べるために聞きとりを行った。先ほどの物語を語るパイに彼らは
「そんなおとぎ話は聞きたくない。何があったか、本当のことを言って下さい」
と言い、まるで聞く耳をもたなかった。そこでパイは動物たちの出てこない、別の話をした。

救命ボートに乗り込んだのは動物たちではなく、コックと仏教徒の日本人船員、パイ、そしてパイの母だった。船員は足に怪我を負っており、コックは、「足を切らないと体が腐って死んでしまう」といい、パイと母親は痛がる船員を押さえて、コックが足を切った。しかし、船員は死に、コックはその足を食べた。母は怒り、パイにイカダに乗り移るように言った。パイは母もすぐ乗り移ると思っていたが、コックに刺されて海に落とされることとなった。怒りに燃えたパイは、コックを殺し、たった一人で漂流することとなった。そして、衰弱した状態でメキシコへと辿り着いた。

二つの話を聞いた青年作家は、一つ目の話と二つ目の話の類似点を指摘した上で、どちらの話が真実なのか?という疑問を投げかけた。そこでパイは、日本人船員の報告書の現物を青年作家に見せる。そこには、「少年はトラと漂流して奇跡的に生き残った」と書かれていた。


(あらすじの参考にしたサイト)
小覇王の徒然はてな(個人ブログ)

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日(個人ブログ)詳しいあらすじが書かれています。

感想


予告に殆どトラとパイしか出てこないので、こんなに少ない登場人物でどのように物語を展開していくのかと心配になったが、漂流までの話も結構充実していたので心配は無用だった。今期自分の周りで話題になっているのはレミゼラブルやTEDだが、この映画の方が、観た後にいろんな人に勧めたい気持ちが強かった。個人的に3D映画にはあまりいいイメージをもっていなかったが(目がチカチカする、映画に集中できない)この映画に関しては、少し多めに料金を払ってでも3Dで観る価値アリだと思った。それだけ映像が圧倒的。

動物の息遣いが聴こえてきそうなカットの数々は、ディスカバリーチャンネルを観ているかのよう。海中のクラゲ、オーロラのように輝くプランクトンにクジラ、ミーアキャットの大群、荒波、光射し込む太陽と、静寂に包まれる夜。映画ながら、その場にいるかのような緊張感があり、自然の脅威と美しさの両方を感じさせられた。

3Dで映像が美麗、というと、アバターを思い浮かべる人もいるかもしれない。アバターに関しては以前記事を書いたが(「アバター」3D感想)おおまかに言うと、映像は綺麗だったがテーマがわかりやすすぎる上に心に何も残らない、というものだった。この映画に関しては、映像美が無意味なものではなく、それらに寓意を感じさせるような演出になっているため、全体に深みを感じることができた。

下知識の無いまま観るとわかりにくい演出もあった。『トラと漂流した227日』という副題でイメージするような、ディズニー的なわかりやすく爽やかな動物との友情物語をイメージすると、そうした幻想は打ち砕かれることとなる。そういう意味では、そうした万人向け、家族向けの映画とは異なり、観る人を選ぶ映画だと思った。この映画は、サバイバル映画ではない。何しろ、パイが生き残ることが冒頭でわかってしまう。しかしそうした生き残るかどうかのスリルを越える何かを魅せる映画であるように感じた。

この物語は、三つの宗教と現代科学を信仰するパイによる「信仰を求め彷徨う巡礼の物語」でもあるように感じた。漂流前の部分で語られるクリシュナの口内に拡がる宇宙やキリストの与える罰と救済が、それぞれ海や嵐、太陽や島などの現実としてパイの前に現れる。当然観客もそうした宇宙、自然の脅威をパイと同じく目にして行くこととなる。物語構成は現代―パイの語り―現代と繋がっていくが、語りの部分である過去は現実にあった話か否かははっきりしない。また、漂流前に出て来る仏教徒の日本人や、ベジタリアンでヒンズー教徒の母親、恐らく無宗教であるコックの男など、様々な宗教が絡み合っている。そうした要素が「わかりづらさ」の要因となっている。

この映画は幻想的で美しいが同時に極めて現実的だ。幻想と現実、或る意味で矛盾した二つの要素を内包しているからこそ「わかりづらい」映画になっている一方、そのわかりづらさ故に他の人の考察を読みたい気持ちになった。特に、メタファーがいくつもあり、それらの元が何か探っていくだけでも、楽しめそうだと思った。そうしたことを思った人も多いはずなので、そうした人のためにも、いくつかこの映画の謎解きをアップしていこうと思う。

ライフオブパイ考察


細かいシナリオについては
映画「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」感想(個人ブログ)
に細かく書いてあるので、改めて内容を確認してみるといいだろう。

また、作品の考察に関しては
ライフ・オブ・パイ(ネタバレ)/神の愛は森に隠れてる(個人ブログ)
のサイトに非常に詳しく載っていた。人喰い島の形状が人のかたちをしていたのは気付いた人も多いだろうが、これが横たわるビシュヌをイメージしていたことなどが詳しく書かれている。

まず初めに気になるであろうところ。
(1)パイ・パテルの元を訪れる作家の正体
この映画はまず、主人公となるパイの元にスランプ中の作家が訪れることで始まる。この作家は、オランダ人原作者「ヤン・マーテル」本人という設定。下調べ無しで観に行った人は気がつかない演出だっただろうと思う。つまりこの映画は、現実とリンクしたメタ構造になっている。

(2)トラの名前
トラの名前がリチャード・パーカーという人名であるということに、何か意味があるのではないかと思った人もいるだろう。実はこの名前には元ネタがある。以下、公式サイトに載っていた文章を引用する。
ライフ・オブ・パイ~ベンガルトラ“リチャード・パーカー”の 名前をめぐる驚愕のシンクロニシティとは?~より引用
本作に登場するトラのリチャード・パーカーという名前をめぐっては奇妙な元ネタがある。リチャード・パーカーとは、エドガー・アラン・ポーが1837年に発表した唯一の長編小説「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」の登場人物のひとりと同じ名前なのだ。この小説は海を漂流中に食料が尽きた4人の男が、“いけにえ”となるひとりをクジで選ぶという恐怖物語。その結果、仲間に食べられるはめになった哀れな船員がリチャード・パーカーだった。
そしてポーの小説発表から47年後の1884年、“ミニョネット号事件”と呼ばれる摩訶不思議な事件が実際に起こった。イギリスからオーストラリアに向けて航海中のミニョネット号が難破し、乗組員4人は救命ボートで脱出。漂流20日目、衰弱した最年少17歳の乗組員が殺害され、他の3人の食料となった。生き残った3人は後日、裁判にかけられたが、何と殺された少年の名前はリチャード・パーカーだった。
まさに驚くべき歴史上のシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)。このエピソードを念頭に置いて映画を鑑賞すると、新たな受けとめ方が浮かんでくるかもしれない。

このリンクを念頭に置いてから再び映画を見ると面白いかもしれない。個人的にはこの名前は、作品から推測できるパイの食人の事実を示唆しているのではないかと思った。

一番気になったであろうところ。
(3)パイ・パテルの語った二つの物語のどちらが真実なのか
第一の物語…『パイとトラの227日漂流記』
甲板に出ていたパイは、船の中にいた母、父、兄を置いて、自分だけが救命ボートに乗ることになってしまう。
結局船に残った人間はパイ一人で、他は「トラ、ハイエナ、オラウータン、シマウマ」といった、動物園の面々が乗ることとなる。

足を骨折し負傷したシマウマを狙うハイエナに対し、叫んだオランウータンがハイエナに殺される。そしてそのハイエナはトラに殺される。結局船に残ったのはパイとトラのみ。そして長い間この一人+一匹で漂流することとなる。途中、まるで天上の楽園のような、ミーアキャットだらけの無人島に漂泊するが、酸性の毒素で人を喰い殺す島だということがわかったため、パイは食糧とトラを連れて再び漂流を始める。そして、餓死寸前のところでスペインに到着するが、漂流を共にしたパイに対し、振り返ることすらなく、トラは森の中へと去っていき、その無情感にパイは涙する。


劇中で幻想的な映像となり、パイ・パテルがまずはじめにヤンに語ったのはのはこの物語である。この物語は、日本船沈没の原因を調べていた日本人たちにも語られたが、パイによると、この話を聞いた日本人たちは、
「トラと漂流、人喰い島?あるわけがない。真実を話せ」
といったという。

確かに、トラや動物たちと漂流し、人喰い島に助けられたというパイの話は、荒唐無稽であり、真実味が無いと受け取る気持ちも理解できる。

そこでパイが次に話した別の話が
第二の物語…「人間たちとの漂流記」
だ。この話では、漂流したメンバーは、パイ、パイの母親、貨物船内で、ベジタリアンの母親に対し執拗に肉を出し続けた陰険なコックと、仏教徒の日本人船員の四名となり、動物たちは出てこない。

コックが負傷している青年の足を「放っておくと腐る」といい切り離すも、青年は絶命。その足を餌に魚を釣るかと思いきや、コックはその足を食した。激昂したパイの母親(ベジタリアンでありヒンズー教徒であることも関係しているかもしれない)はパイをイカダに乗せ、コックともつれ合い死亡し、我を忘れたパイはコックを殺害し、一人で漂流したパイはやがてメキシコへ漂流した。

この話は、幻想的な要素の多かった一つ目の話と比べて随分と残酷且つ現実的だ。人喰い島も、トラも出てこない。勘のいい人は語りの時点で木がついたかもしれないが、話を聞いていた青年作家もここで、
『トラ=パイ、パイの母親=オランウータン、コック=ハイエナ、日本人青年=シマウマに置き換えることができる』
ことに気がつく。

それから、
当時の報告書に「トラと漂流した青年」の話が載っていたこと=船員は一つ目の話を真実と受け止めた、或いは受け止めることにした
ことがわかる。

では、どちらの話が真実か。劇中では、明確な答えは提示されない。しかし、想像するには十分な情報が与えられている。殆どの人が、二つ目の話が真実であり、一つ目の物語は真実を基にした虚構だったと受け止めたことだろう。自分もそのように思う。もちろん、一つ目の話が真実だ、と思いたい人はそれでもいいと思う。受け止め方は人それぞれだし、そうあるべきだ。映画を見た人の中には、そのように捉えた人もいることだろう。

しかし、遠景からみる人喰い島がヴィシュヌのかたちをしていたり、肉食のはずのトラがハイエナを襲うまでしばらく息を潜めていたという不自然さ、漂流を前提としたかのようなトラの「リチャードパーカー」という名前等々、一つ目の話はパイによる寓意性溢れたつくり話と捉えた方が自然だろう。

では、何故パイは敢えて動物たちとの漂流話をつくり語ったのか。その理由は、動物たちの漂流記こそが、目の前で母親が殺され、また自分の手で人を殺すという罪を犯し、たった一人で漂流するという絶望の中で描いたパイの希望であり、救済の物語ということだと思う。魂の漂流ともいえるかもしれない。

リチャード・パーカーという名前のトラは、その由来通り彼の人食の事実を暗喩したもの、或いは怒りで我を忘れ人を殺してしまったパイの「内に秘める凶暴性」「動物性」といったものを示していると同時に、自らの心に負った罪を他へと転嫁することで辛い漂流の心を何とか支えようとしたパイの心理が現れているのかもしれない。トラとパイはわかり合うことはなかったが、乖離していた二人は嵐を越えた後寄り添いあって眠り、また最後にトラと離れることで、パイは自らの罪悪感や苦悩を乗り越えたと解釈することもできる。途中でトラを殺すことができなかったのは、パイが自分の罪の意識を消し去ることができなかった象徴であり、最後にトラと別れるのは、パイが成長しトラという幻想を必要としなくなったので、振り返らずそのまま森の中へ消えていったということかもしれない。
冒頭の動物園での
「トラを通して自分自身を見つめているだけだ」
という父親の台詞は、伏線となっていたと思う。

いずれにせよ、トラとの漂流物語が幻想的で美しくあればあるほど、その裏にあった過酷な現実を想像して辛くなった人も多いだろうと思う。トラがパイだとすると、パイもトラのようにネズミを喰らったのかもしれないというように、新しい事実が浮かび上がってくる。

一つ目の物語の中で、大抵の事柄が現実とリンクしている中で、人喰い島だけは現実と繋がりが見出せそうもない話だと思った人もいるかもしれない。しかしこのヴィシュヌの形をしていた人喰い島も、パイが人を食したことへのメタファーとなっていたのかもしれない。そして食人島を乗り越え、そこに恋人との思い出のミサンガを置いて飢餓の待つ漂流へ出たことは、彼自身がそうした過去との決別を決意し前に進んだことのあらわれではないかと思った。そして冒頭の現代場面でパイは青年作家に「ベジタリアン料理は大丈夫か?」と聞いている。短い台詞だがこれは後々考えてみると印象的な台詞である。食人を乗り越え彼自身ベジタリアンに戻ったとも考えられる。

(4)一つ目の物語のパイはどこにいったのか?
一つ目でのトラがパイだとすると、語りの中でのパイはいなかったことになる。二つ目の物語と大きく違う点はここだ。ハイエナやシマウマは置き換えることですんなりと理解できる。

自分の推測は、どちらもパイだ、ということである。パイがコックを殺したのが事実だとすると、パイ=トラということになる。しかし、パイは常にトラとして語られたわけではなく、もう一人のパイとしても存在していたのではないか。トラがパイにおける本能や野性の象徴だとすると、もう一人のパイは理性の象徴だったのでは。救命ボートにいると母親の死や自分の殺人について思いだしてしまう、或いはその現場に留まりたくなかったパイは、イカダに乗りながら、殺人を犯した自分の怒りや、怒りに我を忘れた自分の凶暴性について客観的に見つめ直し、苦悩していたのではないか。それがボートに乗るトラという象徴であり、つまりは一つ目の物語におけるトラは、パイの見つめるもう一人の自分だったのではないか。例えば、トラの行動に対するパイの恐怖は、自分自身への恐怖や葛藤と捉えることができる。誰しもが心の内に善と悪の葛藤をもっているように、この二人のパイは、まさにそうした人間の内部の葛藤や分裂を示していると考えられる。そう考えると、虎と寄りそう場面や虎と別れる場面を観る時に、新しい視点で観ることができ尚面白い。
虎を殺すか迷った時に、虎を殺さなかったから生きることができた、というのは、彼自身の肉食性の話とリンクしていて、彼が肉食を続けたことで生きながらえることができた、という捉え方もできるだろう。



その他ネットで見つけた面白い考察


名無シネマ@上映中 2013/01/26(土)
(中略)
虎ってのも面白いモチーフだよね。
肉しか食えないからベジタリアンと対極なようで、よく似た存在。
シマウマは割り切り掛け持ち派だったから、虎の縞も掛け持ちのシンボルだったのかな。
猿を草食動物にしなかったのも、肉食べられるけど食べないってスタンス感じたし、ハイエナは腐肉のイメージあるけど、ちゃんと虎に食料提供してんのね。

名無シネマ@上映中 2013/01/26(土)
魚を捕って
「神様、ありがとう。魚の形になって僕のところへ来てくれてありがとう」って言うシーンがあるけど
水夫や……の……を食べるときにもそう考えそう思った、
(そうするしかなかった)という暗喩かなあ

名無シネマ@上映中 2013/01/27(日)
妄想というより、
宗教そのものの成り立ちじゃないかと思う
原始時代の人は過酷すぎる自然で生存しているから、
すべてが神のご意思だと思わないと、多分希望も失って、生きていられなくなるだろう。
そこで誕生するのが宗教だった。
だから原始時代の状況にいるパイも、三つの宗教に基づいて、自分の神話を作ったって感じだな
ちなみに観た人
Life Of Pi - "Impossible Journeyというビデオググって、0:45のところ見てみ

人喰い島について↓
名無シネマ@上映中 2013/01/27(日)
中央の飛び込んだ泉は子宮なんじゃないかな。母の胎内での転生。で、島から出たときに解脱。

膣は精子を受け入れる時以外は、酸性で精子を殺すらしい。
潮の満ち引きも子宮的な表現だよね。

名無シネマ@上映中 2013/01/28(月)
(中略)
このスレ見て母親説は充分に納得できるものであるけど
・まるで楽園だけど実は罠の肉食島
・かつて罠にかかって島に滞在し過ぎた人の蓮の葉の中にある歯
という演出意図を考えると
島がカリバリズムの象徴であるのは間違いないんだろうけど
食人という罪からの脱却とかも含まれてるんかな?
でもちゃっかり船に海藻(加工した人肉)を積んでるんだよなw

リチャード・パーカーをググってみたけど
島の真水は血液で喉を潤したという比喩なんだね

名無シネマ@上映中 2013/01/29(火)
島はアナンディじゃないのかな
踊りの中で森の中に隠れた蓮の花の話が出てきたし、アナンディとのシーンであった手首のヒモ巻きつけてるし
島に着く直前は死を覚悟して気づいたら島についてたから、死ぬ瞬間にアナンディが頭に浮かんで生きる勇気もらって比喩じゃまいか
その後に人食ったかどうかまでは分からんね

名無シネマ@上映中 2013/01/28(月)
ミーアキャットって何の比喩だろう・・・と思ってたけど
このスレで蛆と書かれているの見て、なるほどねー
言われてみればそんな感じ
お前らそんなに沢山で何食べて生きてるんだよw
とか見てる最中で考えて集中出来んかった

名無シネマ@上映中 2013/01/30(水)
あの島は人肉、ミーアはウジという見方もいいけど
あの島は現実逃避の幸せな妄想って解釈でも問題ないかもしれない
そんなものはしがみついてたら確実に人を殺す楽園だし

妄想(島)を捨てて、つらい現実(ボート)に戻る決心をしたさいに
木の根にミサンガを巻きつけることによってただの幸せ妄想に必ず帰るという
希望と決意だけ残して、自身はまた漂流するっていう見方もありかな

名無シネマ@上映中 2013/01/30(水)
島の寝床でミーアキャットを執拗に追い払うシーンって
寝る時ミーアがいたら幸せじゃんとか思って見てたけど
寝床から蛆を払ってたってことになるのか
と言う事はあの船は死肉と蛆でいっぱいだったってことだよね〜
どうりで死肉も糞も描写が無い訳だ

587:名無シネマ@上映中 2013/01/27(日)
会社に説明できる話をしろとか
社畜まるだしな日本人だったな。
そのくせ本当の話したらそれにもドン引きで
虎の話を採用とか
まじ日本人だわ。
よく見てるわ。

Res:595 名無シネマ@上映中 2013/01/27(日)
>>587
いい話だと思った。もし社畜的な人間だったら人殺しの話を報告しただろう。
どうゆうことが起きたのかわかった上であえて虎の話を報告した日本人は粋だと思った。
おお、わかっているね、と思った。私的にはそこが感動のツボだった。


↓この解釈は個人的になるほどと思った。トラとパイについて。
名無シネマ@上映中 2013/01/30(水)
たぶんどっちもパイだと思うよ
トラはコックを殺し魚も殺して食う信仰心からはずれた本能的なパイ
パイは神の教えを守ろうとする理性的で信仰心のあるパイ

個人的な解釈だけど、船を占領してる方が、パイの精神状態を表してたんだと思う
トラが船にいてパイがイカダにいるときは、理性的なパイを奥に押し込めてる状態って感じで
そのうち理性と本能を船に共存させるようになっていくんだけど
雷を見ることで神の姿をみてありがたやモードになって神の事を思い出した途端
魚を殺し食らっていた信仰心からかけ離れたトラの精神がおもいっきり怯えてしまった
そして結果としてトラが死にかけるくらい衰弱してしまったのは
嵐の後パイは魚を取らなくなっちゃったんじゃないかな

まとめ


上記のように、劇中で語られた物語がパイによる、事実に基づく創作だと考えると、この物語はメタファーで溢れていることに気がつく。
227
パイ、リチャードパーカーという名前
ヴィシュヌの物語
食人島
動物たち
海と宇宙
嵐と雲間に射す光
全てが何かのメタファーであり、それらの元をたどっていくのも非常に面白いかもしれない。そういう意味で、一度目でよくわからないと感じた人や、一度目で気がつけなかった点が多かった人も、そうした事柄を頭に入れた上でもう一度観れば、新たな発見があり、より楽しめるだろうと思う。
色々なレビューを観て一番面白かったのが、空腹の限界で辿りついた食人島の解釈だ。島の全景がヴィシュヌであり宗教と解脱について示している、という意見や、ミーアキャットがウジで、母を食した感謝とそこからの逃避を示している、という意見なども面白かった。もしかしたら、母がサメに食べられたという話は嘘で、ボートには母が乗っており、ウジ虫のたかり始め腐敗し始めた母を海に捨てることができず、生きるために食したのかもしれない。そうした罪の意識がトラという別の存在を生み出したのかもしれないとも思った。

宗教的な要素も多く含んでいるが、同時に、過去との決別、一人の人間が傷を乗り越え成長していく物語でもあり、また、生きるために魚や動物を食べるということ、人を食べるということ、人を殺すということ、動物とわかり合うということ、分かり合えないということ、様々なことについて改めて考えさせる映画だと思った。
パイの語った幻想も、一方ではその幻想に支えられたパイという存在がいるわけで、トラも島も動物たちも、全てはただの無意味な幻想ではなく、そうした意味では事実とも捉えることができる。事実の全ては観測者=神、そしてパイ次第であり、また新たな観測者となった日本人保険員や青年作家次第として委ねられる。

久々に、もう一度観たいと思える映画だった。

原作が気になった人はどうぞ↓


その他リンク
ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日@ぴあ映画生活
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2013/02/04 | Comment (11) | Trackback (0) | このエントリーをはてなブックマークに追加このエントリーを含むはてなブックマーク | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑

Comment


さっき観て来て、伏線があり考察のし甲斐のある映画だったね。で、自分の中で消化しきれないのでggってみたらココにたどり着いた。

なんとなく消化しきれなかったモノが少し楽になるヒントがあってよかったよ。

makofe10 |  2013/02/28 (木) 19:49 No.367


Re: タイトルなし

> さっき観て来て、伏線があり考察のし甲斐のある映画だったね。
そうなんですよね。自分も終わった後にググって色々調べたりするうちにまた新たな発見があったりして楽しくなりました笑

監督が台湾人というのも意外でした。てっきりインド人かと!

パトリック・ギニョール |  2013/02/28 (木) 23:44 No.368


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 |  2013/03/08 (金) 14:59 No.380


Re: タイトルなし

Binaさんはじめまして。
彼の生い立ちについては、全く気付きませんでしたので、そういう視点があったことに驚いています。序盤から神の話など意味深だとは思いましたが、もうひとつの意味を考えながら観たらまた発見がありそうですね。色々な人の考察をみたり聞いたりすることで自分では気付けなかった発見がある映画だと思いました。
何度も観たいと思える映画ですよね、観る度に発見がありそうです。

アカデミー賞受賞も嬉しかったですね。

パトリック・ギニョール |  2013/03/10 (日) 08:57 No.382


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 |  2013/07/25 (木) 10:15 No.969


Re: 素敵なレビューページですね♪

> Patrikさん、はじめまして。いせまりと申します。
こんにちは。
ライフオブパイ、考察もおもしろい映画でしたね。壮大さや深みもありつつ、風景も綺麗で、楽しみどころがたくさんある映画でした。なので、ちょっと気合を入れてレビューを書いたのでコメント嬉しいです笑
実は台湾の監督の映画なんですよね。

パトリック・ステイン |  2013/07/26 (金) 00:40 No.971


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 |  2013/11/22 (金) 02:26 No.1246


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 |  2013/12/24 (火) 16:06 No.1250


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