PATRIK TIMES私は現代に生きるスナフキン、またの名をフキンシンという。アブサン飲んで、グッド・バイ。 

この記事に含まれるタグ :
ギター  クビ  バンド  音楽  ギタリスト  バンドの歴史  Siberiaの終わり  

スポンサーサイト

   ↑  --/--/-- (--)  カテゴリー: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加 にほんブログ村 音楽ブログ バンド活動カテゴリーへ
では、グッド・バイ。
<スポンサードリンク>


(記事編集) http://patrikeiji.blog37.fc2.com/?overture" target="_new

--/--/-- | Comment (-) | このエントリーをはてなブックマークに追加このエントリーを含むはてなブックマーク | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑

ギタリストと俺。新しいスタート。

   ↑  2013/06/25 (火)  カテゴリー: バンド活動
こんにちは。今日は音楽の話。
バンドを創設したギタリストをクビにした。今回はその経緯を話そうかなと思う。

栗と俺


俺がバンドに入った理由は、至極単純なものだった。ある程度想像力がある人間にとって、人生はつまらないものになりがちだ。先の先までどうなるか読め、また、読めることで冷めてしまう。予め当選番号がわかるLOTO6のようなものだ。

どれくらい勉強すればどの程度の学校に入れ、それからどう大学生活を送ればどの程度の企業に入れて、それからそうした企業に入ったらどういう仕事やどういう同僚がいてどういう人と周りは結婚して。大人になるにつれ、努力すればできることと、努力してもできないことがわかるようになってしまった。

先のことを想像する度に、自分の人生のこれからが色褪せてクダラなく見えた。他の人間が真剣に人生を考え受験をする中、自分はゲームをして漫画を読みながらなんとなく早稲田に入った。周りの同期をみると、ゴルフにテニスにオシャレなバー、見た目ばかりで知性もセンスも無い女が群がり、クダラない優越感のために生き、会社で頑張って稼いだ金を女や風俗に使うような、創造性のカケラもない毎日を送っている。替えのきく人間ほどつまらないものはない。そういう人間になりたいとは思えなかった。

創造的行為は、先の予測がつかないもののうちの一つだった。自分にできるかできないか、試すだけの価値があるか否か、ということよりも、先の予測がつかない刺激が、自分にとって必要な何よりのことだと思った。つまり、やりたいか、やりたくないか。それだけが問題だった。俺は絵を描くことや、文章を書くこと、歌うことが好きだった。やる度に成長し、やる度に可能性や未来がひらけ、絶望や希望がその度に顔を出す。知的快楽を求めている限りは、退屈とは程遠い日々を送ることができる。そう信じていた。

Siberiaというバンドは、埼玉で売れてがんじがらめになっていたバンドを抜けて自由にバンドをやりたいという気持ちで、そこのギターをやっていた栗が創設した。いわば、栗の、栗による、栗のためのバンドだった。栗は、同級生のベーシストぐっさんと、向上心のあるドラマーうっちゃん、それから、歌が特別うまいわけではないが、芸術肌で音楽の趣味(当時はRHCP、Nirvana、Rooster、Incubus、Nickelbackなど)のあった俺を集めた。

はっきりいって、栗以外は皆素人だった。うっちゃんはやる気はあったがヘタクソだったし、ぐっさんはセンスがあり上手かったがバンド活動については無知、俺は音楽の趣味は合ったがバンドについてはBECKぐらいの知識しかなく基礎もまるで無かった。比べて、栗はバンド経験が長く、二バンドほど経ていたため知識も実力もあった。当時は、音圧のこと、音被りのことなど、一番気にして音作りをしていたのも栗だった。そういうわけで、当初、俺が一番信頼していたメンバーが栗だった。

酒を飲んで一緒に暴れるのが楽しかったし、背中にたくさん入った刺青や、掘り師でブルースギタリストの師匠の話、親の離婚、ヤクザや暴力の話など、BECKの世界を体現しているようで本当にワクワクした。栗は、一緒にいることで、常に期待させる何かを持っていた。絵も上手く芸術肌で、そういった面も気が合い、好きになれた。平日の夜に二人で飲んで馬鹿騒ぎすることも多かった。警察に捕まりそうになったり、二人でアブサンを大量に頼んで記憶を無くしたり、刺激とスリルのある日々を送った。そういうわけで、栗と一緒にバンドをやっているのは、楽しかった。刺激の無い大学生活と比べ、バンド活動は栗のおかげで俺の人生の楽しみ、希望になっていた。

俺は経験のある栗を信頼していた。ライブのやり方や、活動のやり方など、栗は、俺達の知らない様々なことを知っていた。何も知らない俺たちは、クソみたいなライブハウスのクソみたいなイベントに出たり、テレ埼深夜の視聴率ほぼ0の番組に出たりと、殆ど意味のないことをしていた。曲もひどいもんだった。しかし栗は何も言わなかった。言うことでバンドがギスギスすることを恐れていたくりは、音楽的な問題点についても、他のメンバーについては殆ど意見を言わなかった。それもあってか、バンドは衝突すること無く、モチベーションを保って続いた。

音楽の趣味とセンスが合う4人だったので、活動は順調で、音楽もライブも確実によくなっていることを実感していた。新曲を作る度に、初めの方に作った曲が恥ずかしくなるような成長の日々が続いた。

バンドの変化と成長

バンドを続けるにつれ、変化が始まった。一番が、ぐっさんの変化だった。活動を続けるにつれ、ぐっさんがどんどん音楽にのめり込み、ストイックになっていった。トイレの中でまで音楽を聴いたり、バンドに知らない音楽を持ち寄ったりしていた。それまでレッチリ以外はNirvanaやNickelback等のグランジやハードロックの影響が強いグループだったが、ぐっさんがレッチリのルーツをたどるにあたり出逢ったFunkadelicやAverage White Bandなどファンクバンドを皆で聴くにあたり、ファンクへの理解が深まり、音楽性も序々に変化していった。ぐっさんは他にもStevie Wonder、Marz Volta、Jamiroquaiなど様々な音楽を持ち寄って意図的にバンドにいい影響を与えようと努力していた。

バンド活動に一番本気なのは、くりではなく、ぐっさんになっていたと思う。それに引っ張られるようにして、俺の方も、Nirvanaに影響を与えたであろうバンドを掘り下げる中で、PixiesやSonic Youthの影響を受け始めるなど、行動や音楽性に変化が始まっていた。うっちゃんも、人ごみが嫌いでライブにも行かない、他人と関わらない消極性の中でも、自宅の電子ドラムを一人黙々と毎日叩いていたので、確実に成長していた。

それまでは曲は栗が持ち寄る曲をやることが多かったが、ぐっさんが持ってきた曲を演ることも多くなっていった。栗はニッケルバックのようなモダン要素もあるハードロックが理想で、ぐっさんは縦にはねる要素のあるファンク系のロックが一番の理想、俺はその中間が理想だったので、二人の持ち寄る曲を半分半分くらいでできればいいと思っていた。栗が持ってきた曲がぐっさんに容赦なく没にされることも多かった。それを恐れてか自信の無い栗は家のPCにストックを貯め込んだまま持ってこないこともあった。そのような形で、バンドの曲作りの形態に変化が起こり始めていた。

そういう中で、互いの駄目な点に口を出したい欲求が高まってきた。ぐっさんが一番ストイックで、積極的にメンバ-のことや音楽のことについて指摘していた。うっちゃんも栗もあまり言わないタイプだったが、俺は、言うことは信頼していることの裏返しでもあるし、進化するために必要なことだという考えから、毒舌なぐっさんへの信頼が強くなっていった。栗にも、もっと独裁者のようにふるまって欲しかった。
「それで従うか否かは俺達が決める。恐れずに指摘し、恐れずにやりたいことを言ってくれ」
そのようなことを言った。ぐっさんも同意見だった。うっちゃんは相変わらず無口だったが、それは仕方の無いことだと諦めた。栗は臆病でシャイなのでシラフの時は何も言わなかったが、酒を飲む機会を作り、少しずつ言うようにしてくれた。本当に少しだったが。

2011年。バンドは明らかに成長していた。当時は全員が共通して好きだったレッチリを基盤としたファンク系のオルタナを目指し、複雑な構成の曲を好んで作っていた。それぞれが、自分のテクやセンスに関して自信を持つようになっていた。皆が向上心を持って練習していた。どうすればバンドが人気になるか、そういった細かいことはよくわかっていなかったが、音楽が進化していたので、希望を持って活動することができた。攻撃的なスティングレイを使うぐっさんに合わせて、使いなれたレスポールから慣れないストラトに持ち替えるなど、栗もバンドの変化に対応するように新しいことがどんどん始まっていった。

カルト、ブレイキンなど、それまでとは違うクリアな音でじっくりと練られた新曲が次々と生まれていった。バンドの活動のやり方も、序々に考えるようになっていた。それまでは何も考えずにブッキングライブに出演していたが、いい箱を探して出るようになった。酒を節制したり、集客やパフォーマンスについて真剣に反省したりと、ストイックになり始めた。そうした結果もあってか、その年8月に演ったベースメントバーでのライブは、箱や対バンが良かったこともあり、バンドの成長を感じとれる重要なライブとなった。

ライブが終わった後の気分も良く、ライブの音源を車の中で繰り返し聴きながらドライブしたり、あれが良かった、あれがイマイチだ、などと気分良く話したりした。いいライブをした後というのは、いつもそうだ、雨上がり射しこむ太陽の光のように、晴れやかな気分になれた。

栗と女と、脱退と。

バンドを始めてからすぐのこと、栗に予定外の子供が産まれた。金に余裕が無い生活の中で、責任をとらないのは嫌だという主義のもと、栗は養育費を支払っていた。その結果、それまでよりも働く分量を増やさなければならなくなり、ギターを弾く時間は大幅に減っていたと思う。そういう引け目も感じていたのかもしれない。
『責任は取る』
などと人間的な道義を守りたがるなら、まず、中出しはするなと言いたかった。意味不明だ。しかし、栗の子供は可愛く、奥さんもバンドに理解のある人だったので、それでもバンド活動は順調だった。

しかし問題が一つあった、バンド活動が軌道に乗り始めた2011年頃から、子供が成長してきたので養育費も高くなっていた。そのため栗には貯金が無く、常に金がカツカツだった。そして運悪く、その栗がバイク事故を起こしてしまった。相手が悪い事故だったが、相手の老人に支払い能力が無いためか示談にはならず、保険屋による賠償金の支払いは遅れた。それまで怪我をしていた栗は仕事ができず、金の無い栗は、バンド活動ができなくなった。頭は良ければ、長いこと入院しながら賠償金を請求できたのかもしれないが、栗は完治を待たぬまま早々に退院し、しかし怪我が治りきっていないため仕事ができず、結果として生活苦に苛まれることとなった。

元々鬱な気質ではあったが、そういったこともある中で精神的に更に壊れていった栗は、
「これ以上迷惑をかけられない」
「バンドに俺は必要ない」
と言い残し、バンドを脱退した。説得はしたが、聴く耳を持たなかった。

栗の実力とセンスを信頼していた俺は、栗がいないのならバンドは続けられないと、一緒にバンドを辞めた。ぐっさんは当時酒を飲めなかったし、うっちゃんは殆ど何も喋らないしで、俺は栗がいないSiberiaは考えられなかった。経験もコネも社交性も無いメンバーでは集客も見込めず、可能性も感じなかった。

なので、バンドを辞めることにした。辞めた後にどうするかは考えていなかったが、俺は早稲田なので就職先もみつかるだろうという適当な考えで、どこか入って、もうちょっとちゃんと働くかな、などと考えていた。或るいは、小説家目指すんでもいいか。なんて。バンドマンはもういいや、また音楽性と気の合う、メンバーバンドを探すのも面倒くさいし、みつかる気もしないし、一からやる気にはなれなかった。

人生は色々ある。それもまた幸せの一つのかたちだろう、と思った。人生上手くいかないなー、、なんてことを考えていた。諦めのような、一つ夢が終わったような、そんな寂しい気持ちになった。

栗と俺の復帰と、再びの脱退

それから一年。賠償金の支払いの目途が立つと共に栗と連絡がとれるようになり、それに伴い、栗から俺に連絡がきた。辞めた気まずさからぐっさんやうっちゃんからの電話には出なかった俺が、その電話から全てを察し、すぐに出た。
「何で辞めたんだよ。やる気あるのか?」
それは俺の台詞だと思った。
「またやろうぜ。今度は本気だ。」
俺は首を縦に振った。

栗の復帰は大変だった。前の奥さんと離婚することになり、その裁判と養育費の支払い義務。それに、溜まっていた市県民税が一斉にひきおとされることによる生活苦。それから、交通事故の後処理。それでも栗に復帰してほしかったから、二人で色々対策を考えた。名前を変えてどこか遠くでホームレス生活をするだとか、そうした馬鹿みたいな話もしていた。代わりの名前を一緒に考えたりした。俺は冗談半分だったが、栗は本気にして、うちにスーツケースを置いて色々な家を泊まり或るい歩いたりしたこともあった。

金が無く、エフェクターやらウン十万するストラトを資産として売り払われ、何も無くなってしまった栗と一緒にギター屋を巡った。当時栗は賠償金も入り現金を大量に持っていたので、楽器屋でポンポンポンポン、高いマルチエフェクターやギター(確か、20万くらいのペールピンクのストラト。結局、二週間くらいしか使わなかった)を買い、夜には栗のおごりで馬鹿みたいに飲んだりしていた。俺も栗も馬鹿だった。イギリス人とバーで飲んだり、その場にいた学生集団に酒をおごったり、タクシーで三万使ったり、アホとしか言いようが無かったが、俺はとにかく復帰が嬉しく、その先のバンド生活を考えるとワクワクしかしていなかった。

復帰祝いは終わったが、栗の問題は何一つ解決していなかった。栗は馬鹿だった。子供が出来てからも、相変わらず色々なところで中出しをしていたようだった。女から寄ってくるんだ、などと言っていたが、ゴムぐらいつけろ、また金欠でバンドを解散させたいのかと俺は怒っていた。ぐっさんとうっちゃんはただひたすらに呆れていた。時に栗は、コンドームを俺にくれたこともあった。『うすぴた』が嬉しくて、俺はそれを貰ってしまった。俺の馬鹿!

ゲンキンな俺はゴムを貰いながらも、バンド活動に支障をきたすのが嫌なので、
「また子供が出来たらどうするんだ?ふざけるなよ。ヤッてもいいが、ゴムはつけろ。」
繰り返しそう言った。しかしアホな栗は、相変わらず中出しをしているようだった。それからしばらくして、先輩の奥さんに恋をした栗は、夜に先輩の家で奥さんと隠れてセックスをした話を俺にした。とんでもない話だ。
「俺は本気で人を愛したことはない。愛し方をしらない。親の愛も知らないからな。だが、こんなに人を好きになるのは初めてなんだ、、」
そういうようなことを言っていた。かなり本気で恋をしているようだった。俺は恋愛自体を陳腐なものだと思っているし、下らないものの一つだと思っているので、はっきりいってそれについてはどうでもよかったが、とにかく中出しされては困る、それだけが心配だった。

復帰してから、バンドの集客をあげるための様々な話し合いが行われた。路上ライブの機材を買い、爆音でできる公園でライブをしたこともあった。しかし栗は再び女性ともめごとを起こしていた。中出しして子供が出来たらしかった。本当にノータリンだと思った。復帰後すぐ、スタジオに入ろうとしたら、うっちゃんは渋滞だの何だので来ず、栗もドタキャンで来ずで、結局二人で練習したこともあった。ベースとボーカルの二人でスタジオに入るバンドマンは稀だろう。二人で音はスカスカだったが、二人ともストイックだったので、結構いい曲ができたりした。

それからすぐに、栗は買い戻した楽器や路上ライブのためのアンプ等の機材を全て失ったようだった。売られたのか自分で売ったのかはわからなかった。とにかく、妊娠させた女性とのもめごとであることはわかった。丁度、前の奥さんとの離婚調停中であり、事態はより複雑化していた。そうした中で栗は人間不信(ほぼ自分の招いた種だが)になり、自殺をにおわす発言をした後再び連絡がとれなくなり、自宅にもいなくなった。俺は栗がとうとう自殺したのだ、そう思った。

連絡がとれなくなる直前に二人で馬鹿みたいに一緒に飲んで遊んでいたこともあり、栗を間接的に殺したのは、俺かもしれない、そう思った。栗が消息を断ってからしばらくは三人でギター無しのシンプルファンクバンドとして活動を続けていた。録音したり、作曲をする中で、三人での可能性も見出し始めていた(三人で作った曲)。しかし、栗がいなくなったことや、うっちゃんがドタキャンしたことで、俺は再びやる気を失い、そのままバンドを抜けた。その頃の俺は、モチベーションとなるほどの「確かなもの」をバンドの音楽や、自分のパフォーマンスに感じていなかった。

ライブの映像を観ても何かイマイチに感じ、ボーカリストとしての自分に自信が無くなっていた時期だった。自分の内包する激しい衝動を表現しきれていなかった。そんな自分が嫌だった。辞めて、より才能のある人を探した方がバンドのためだろう、ということを本気で思っていた。栗を信頼し、栗のギターを聴き、栗とやるために入ったバンドだった。フロントマンとしての自分に自信が無くなっていた俺は、栗がいなくては何も始まらない、そう思っていた。再び俺は脱退した。

それから、ぐっさんとうっちゃんはギタリストとボーカルを探したり二人で頑張っていた。俺は、バンドをやらない日々の中、セックス、酒、ゲームに溺れる毎日を送っていた。具体的に言うと、フロントミッション5のサバイバルシミュレーターに潜ったり、アンリミテッドサガでレインボーグッキーを狩ったり、ヤズマットを倒したり、モンスターハンター2Gでソロプレイで集会所ミッションに挑んだり、とにかくゲーマーな屑生活を送っていた。

バンドの音楽についても考えていた。複雑すぎたのではないか。派手さが足りなかったのではないか。これは、良い曲なのでは。やっぱり、4人揃うといいバンドだったんじゃないか。もっとできることはあったはずだ。俺は、もっとうまくなれたんじゃないか、もっとよくなれたんじゃないか。そうすればもっといいバンドになれたんじゃないか。ライブが盛り上がったんじゃないだろうか。もっとシンプルにすればよかったんじゃないか。色々なことが頭を巡っては消えて行った。しかしバンドを抜けた自分が何を考えても、全ては無意味なことだった。

俺がもっといいフロントマンだったら、、頭を巡る意味の無い思考。

栗の復帰

そんな中だった。栗が戻ってきた。妊娠等で揉めた女が、暴行されたと嘘をつき、警察に逮捕されていた、と言っていた。俺はそれを信じた。死んだと思っていたし、死んだことにしていたのだから、生きていただけでもいい、俺は本心でそう思った。
「いつ死ぬかわからない。だが、今の俺は、脳味噌に手榴弾を投げ込まれても死ぬ気は無い」
「俺はがむしゃらにやることに決めた。今までのように生ぬるくはやらない。ついてこれるか?」
俺は、栗のやる気が嬉しかった。むしろ、それぐらいの気持ちでやってこそバンドだと思っていた。

復帰に伴いぐっさんと話したのは、バンドの音楽についてだった。
よりシンプルに
これが共通見解だった。それまでの複雑性を捨て去り、よりパンク要素の強いシンプルな音楽に活路を見出していった。それこそがSiberiaに合う音楽形態だと確信していた。

バンド活動は今までにないくらい、急激に本格化した。様々な新曲を作り、レコーディングを経て、ライブを計画を練った。そして4月の池袋でのライブ。このライブが、今までにない手ごたえになった。

2011年の成長期と比べ、脱退や休止が多かったためテクの成長は落ちていたが、ライブでの存在感、インパクト、衝動の解放感は圧倒的だった。終わった後に、知らない人の
「ヤバいかっこよかったな、、」
というつぶやきが聴こえた。自分たちにも確かな手ごたえがあったし、客にもそれが伝わっているようだった。

脱退後色々考え練ったことを実践した結果、全てが合致した。シンプルにやることで、演る側も観る側もノりやすい音楽になった。そして、覚えやすいリフ、攻撃的な音楽。それまで自称していたオルタナティブ・ファンク・ロックバンドという雰囲気とは違い、ファンクロックとグランジパンクが融合した新しい音楽ができた気がした。

このバンドは、4月から真にスタートしたと感じた。自分のボーカルとしての自信も芽生えた。確かな存在感を示すことができたという、今までに無い手ごたえがあった。ようやく自分の才能を、自分だけの力を示すことができた。そうした自信は、今までに無いものだった。

クビにした経緯


4月のライブが圧倒的だったので、6月に自主企画を組んだ時も、かなり自信があった。それまで絡みのあったいいバンドを全て集めて、最高のライブをしよう。バンドとしてはその考えで一致していたように思っていた。しかし、5月頃から再び、栗のやる気がにぶり出していたように思う。女ができた。今思えば、ただそれだけのことだった。栗が本気な時はいつだって、女がいない時で、女が出来ると途端にバンドを捨ててまで女に尽くすようになる。病気だった。しかし5月の時点では、その徴候に気付くことはできなかった。

ライブに向け、毎週ストイックに練習をしていた。昔ライブで、飲み過ぎてクソみたいなライブをした経験があったので、ライブ前に酔っぱらうとパフォーマンスが落ちるからと、俺もうっちゃんも栗もプロ意識を持って、ライブ当日は、飲むにしろウイスキーは辞めて、氷結2缶程度に抑えていた。それが毎回の決まりになっていた。

が。自主企画当日。初めは氷結を飲んでいた栗は、いつの間にかウイスキーを買い足し、くりの彼女も含めた知り合いと内輪で馬鹿みたいに酔っぱらい始めた。対バンと客にアホみたいに絡みだし、挙句の果てに、ライブで音が出なくなったり、終盤で最初に演った曲を弾きだしたりと、ふざけたパフォーマンス。アクシデントも、かっこよく対応できればいいが、はっきりいって、俺にはただのヨッパライにしか見えなかった。

50人近くいた客、遠くからわざわざ来てくれて、いいライブを見せてくれた対バンに対してトリで晒す醜態。ラリりすぎていた栗に、ひいていた客も多かった。パンクな在り方は俺も好きだ、ヨッパライも好きだ。だが、度が過ぎるとただのジャンキーで、シド・ヴィシャスならともかく、売れていない小さなバンドで、一人暴走してそんなことをしても、誰も憧れやしない。我慢できなかった。音が出なくなり、
「なんで音が出ねえんだよ!」
と叫び出した時点で、心の中で決定的に何かがプツンと切れた。この、女狂いの糞ジャンキーが!しかし当日は、来てくれた客やバンドと絡みたいのもあって、何も言わず、栗の動向も気にせず、俺もクソみたいに酒を飲みまくった。終わった後にいくら飲もうが構わないんだ。馬鹿野郎が。

栗はメンバーに何も言うこと無く早々に切り上げ、金も払わずに女と消えていた。他のバンドや客とも殆ど絡まずに。俺たちは唖然とした。

対バンが全員最高だったこと、準備をしていたことや曲自体は良かったためクダラナいミスも気にならない盛り上がりがあったこと、ホ-ル内の全体的な人数が多かったことで、ライブ自体は盛り上がった。また来てくれるという人もたくさんいた。しかし自分たちの見せられる最高ではなかった。俺は最高の自分、最高の状態のバンドを見せたかった。4月のライブのような。いや、それ以上のことができたはずだった。

ぐっさんは一曲目で一弦が切れ、替えの弦が無くそのままプレイした自分と練習不足の自分に腹が立ち、うっちゃんは前のバンドのクソうまいドラムを聴き委縮し緊張した自分の自信の無さと練習不足を恥じた。俺は曲順が曖昧だったり、体力に問題があった。それぞれ課題はあった。うっちゃんもぐっさんも俺も、2011年と比べセンスは成長していたが、テクはまだまだだった。ある意味では舐めていた。だからパンクバンドとしての色が強くなった面はあるが、伸びしろがあるのに伸ばさないストイックさに欠ける自分たちに腹がたっていた。

次の日ライブの反省会をするからとぐっさんとうっちゃんと集まったが、くりは来なかった。反省する気はないと言っていた。楽しくバンドができればそれでいいと。くりはただ翌日に女と遊びたいがため言い訳しているとわかった。酔っぱらった勢いライブハウスの横のラブホテルに入ったと予測できたので、ホテルの入り口で待っていたら、予想通り出てきた。

今までの逮捕や事故、妊娠に伴うあらゆる脱退、休止は全て栗絡みだった。あれほどやる気があると言っていたのに、ライブ前にウイスキーを飲んで酔っ払いすぎないと約束していたのに、まさかそれを大事な自主企画の日にやらかすとは。それも許せなかったし、何より、女に振り回されているダサい栗の姿が一番許せなかった。音楽家として、芸術家として、バンドの先輩として尊敬し仲間としてやっていた栗のイメージが、一気に褪せてみえた。
「反省会はやらない。楽しくやれればいい。酔っぱらうのもパフォーマンスの一つ」
栗はそう言っていた。それはある意味では尤もな意見かもしれない。しかし実際は、女絡みで、4月の段階にあったような溢れ出るようなやる気が無くなったのが一番の原因だと俺は気付いてしまった。

楽しくやれればいいの意味が、酒を飲み、ファックするためにライブを早抜けする程度のレベルのことなら、俺は一緒にやる気はない。何故ならストイックさが無い人間とやっても、俺が楽しくないからだ。
「俺はもっと上を目指したいのに、向上心が無いメンバーがいると邪魔になる。お遊戯バンドならやる意味は無い。」
そうぐっさんに言った。ぐっさんも、クビにするということに同意した。うっちゃんは無口なので何も言わないが、ただただ栗に呆れている様子だった。結果、三人の意見が揃い、栗はリジェクトすることにした。

数年前なら、俺も辞めていたところだったが、4月のライブを経てフロントマンとしての自信が芽生え、以前よりもストイックで頭も切れるベーシストのぐっさんへの信頼がかなり強まっていたこともあり、栗がいなくなっても辞める気はサラサラ無くなっていた。俺がフロントマンやればいいライブは出来るから、やる気がない人間はいらない、それぐらいドライな気持ちになっていた。

結果、即決だった。悩まなかった。欲しいのは職人か芸術家だった。女絡みで揉める程度の、向上心の無いヤク中もクズも、売れていないバンドには必要の無いものだ。コートニーとカートでもイメージしているんだろうが、俺には、そうは見えなかった。そういうのは、音楽を愛し、バンドを愛した先にある結末であり、ようやくバンドが乗ってきた段階でぶち壊すようなのは、美しい恋愛とは言えない。俺はもっと上を目指したかった。

今後のこと

正直、今から新しいギタリストを探すのはかなり面倒くさい。どうでもいいならどうとでもなるが、フィーリングが合わなければ続かない。テクはともかくセンスは欲しい。ダサい人間だとやる気も起こらない。しかし募集をかけると意味のわからないマイケルジャクソンの出来そこないみたいなやつだとか、Xジャパンのトシの顔を三十回殴って音楽的才能まで失ったかのようなトンデモないのからも連絡がきたりする。定めだ。

HPも作りなおさなければいけないし、連絡をくれたり自分たちに合わせて予定を組んでくれたライブハウスやライブ企画者たちにも伝えなくてはならないし、最近いよいよ増えてきた応援してくれる人、次のライブに行くといって予定をたててくれた人にも言わなければならない。気が重いとしか言いようがない。クソッタレという気持ち。

一方で、期待感もある。栗は確かにフィーリングが合い面白かった。人間としては真性の屑で音楽をやっていなければ飲んだくれでヤク中の犯罪者だが、音楽の趣味ややりたいことのイメージは最高に合った。刺青もあり動きや衝動性もあるため、ライブの絵面が一番良く、写真を観る度にカッコいいなと思えた。初対面でも物おじしないので、色々なバンドマンとすぐに仲良くなれた。そういうところは素晴らしいとしか言いようが無かった。そこは、ぐっさんや俺に足りない、今後補わなければいけない部分だった。

しかしギターに関していうと、やれることの幅はそれほど広くはなかった。昔滅茶苦茶弾きまくっていた時のテクや情熱は、やや褪せていたんじゃないかと思う。つまり、初期衝動が欠けていた。また、アナログやオールドロックへの拘りから、真新しいプレイはあまりやろうとしなかったし、70年代ロックスターの生き残りのような、古いタイプのミュージシャンだった。それが俺の好きなところでもあった一方で、クラプトン、ジミヘン、ジョンの色が濃いギタリストは日本にも結構いると思う。つまりは音楽的には強烈な個性があるとは言い難かった。

そういう意味では時代性を取り入れることができる、或るいはUKやダンス音楽、ヒップホップ、ポストパンク等広い素養のあるより柔軟なギタリストが入ることで、バンドの音楽がいい意味で変化するような可能性も俺は期待している。

俺はオールドミュージックが大好きだが、音楽的には割と斬新な方向も好きなので、科学反応を起こすならもしかしたら、オールドタイプでは無く、積極的に創意工夫できるような、柔軟なタイプのギタリストかもしれないとも思う。

また、栗は躁鬱で自殺願望があり、やる気がある時と無い時のムラがあまりに激しかった。その割に、やる気がない時に、やる気がないことを認めなかった。そうしたメガロマニアックなアル中である栗にバンドが振り回されることが多く、それが足かせになっていた面もある。要は今、その鉄の鉛、Siberiaの創設者の呪縛が外れたわけだ。栗ももしかしたら、心の奥では、安心しているかもしれない。常に何か、本気になれない自分に負い目を感じているような節があった。

栗がいなくなって失うものはあまりに大きいが、失ったものを自分たちで補う覚悟が、今のぐっさんと俺にはあった。自主企画を経て、それまでコミュ障だったぐっさんと俺に社交性がついてきた。バーや居酒屋で店員や客を巻き込みライブに誘うこともあった。うっちゃんはそういう社交性は0でそうした面でいうと全く役立たずとにかく個人練への意欲が高まっており、正直テク不足な現状、それはいいことだと思った。ネット活動も0、社交性も0なのでその分ドラムはドラミングで他のバンドマンや客を引き付けられるくらい圧倒的に上手くなって欲しいという気持ちはあるが、、

ギタリストに関しては、栗と比較するようなことは辞め、自由にやって欲しいなと考えている。それが結果としてバンドにいい変化を生むように感じる。あまり多くを求めず、自分の音楽性を爆発させやりたい放題やってもらうことで、ヒレルを失いジョンが入ったレッチリのように、新たな風が吹くことを期待している。

栗は独善的に見えて臆病なところがあり、意見の指摘も殆ど無いのが悪い点でもあった。新しく入る人は、毒舌で自分に自信がある人だったらいいなという思いもあるが、会ってみないことにはなんとも。

大抵のバンドはドラマーやベーシストが脱退して苦労するが、リズム隊がストイックなのはこのバンドのかなり強い点だと感じる。俺も天才だ。どんな人間がきても、俺がいる限りは素晴らしい音楽ができるはず、全員がそう考えられるくらい自信を持てるバンドは強いと思う、、そしてできれば、そう考えているメンバー、自分に自信を持っているギタリストに来て欲しいなと感気ている。今の俺はそれくらい考えている。

というわけでギタリスト募集中、「siberiainfo@yahoo.co.jp」まで連絡を。

既に連絡が来ていて、早めに活動を再開したいのもあり、割と早いうちに締め切る可能性もあるので、悩まず連絡してほしいです。バンド名は新しくします。活動も音楽性も、いい影響を受けたいと思う。
方向性を示す意味でも名前は大事だから、一緒に考えたい。正直、今のメンバーに、ストイックでいいギタリストが入ったら、かなりいいバンドが出来ると思う。バンド活動のやり方については経験もついてきてわかっているので、活動を始めたら知名度があがるまでかなり早いと思う。任せてくれという気持ち。
関連記事
このエントリーをはてなブックマークに追加 にほんブログ村 音楽ブログ バンド活動カテゴリーへ
では、グッド・バイ。
<スポンサードリンク>


この記事に含まれるタグ : ギター クビ バンド 音楽 ギタリスト バンドの歴史 Siberiaの終わり 

FC2スレッドテーマ : 音楽を楽しもう! (ジャンル : 音楽

(記事編集) http://patrikeiji.blog37.fc2.com/blog-entry-485.html

2013/06/25 | Comment (7) | Trackback (0) | このエントリーをはてなブックマークに追加このエントリーを含むはてなブックマーク | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑

Comment


品川女子大生クラブです。
今回、コメントさせていただきます。
また見せていただきます。

品川女子大生クラブ |  2013/07/08 (月) 20:54 [ 編集 ] No.908


Re: タイトルなし

> 品川女子大生クラブです。
> 今回、コメントさせていただきます。
> また見せていただきます。
デリヘルかよ

ソフィーちゃんと早苗ちゃんが好m、、、金ないよ!

パトリック・ステイン |  2013/07/08 (月) 23:39 No.909


誹謗中傷対策 IT弁護士より一言

初めまして誹謗中傷対策を行っておりますIT弁護士と申します。
最近、インターネットでの誹謗中傷や暗いニュースばかりなのでこのようなブログはとても心が落ち着きます。
是非また訪問させて頂きたいと思います。

誹謗中傷対策 IT弁護士 |  2013/07/09 (火) 11:21 [ 編集 ] No.913


中田サ高住と申します。

初めまして。中田サ高住と申します。
興味をそそるブログですね。またお邪魔させていただきたいと思います。
これからも更新頑張ってください!

by 中田サ高住

中田サ高住 |  2013/07/15 (月) 13:06 [ 編集 ] No.929


大関敬助です。

大関敬助です。
今回、コメントさせていただきます。
また見せていただきます。
大関敬助でした。

大関敬助 |  2013/07/20 (土) 13:10 [ 編集 ] No.949


サ高住ケアあおぞら と申します。

初めまして。サ高住ケアあおぞら と申します。
とてもいいブログですね。また閲覧しに来ますので、これからも更新頑張ってください!

by サ高住ケアあおぞら

サ高住ケアあおぞら |  2013/07/22 (月) 11:09 [ 編集 ] No.951


烏帽子田敬です。

烏帽子田敬です。
いつもブロブを見させていただいてます。
今日は、コメントしてみました。
また、読ませていただきます。
烏帽子田敬でした。

烏帽子田敬 |  2013/07/23 (火) 21:43 [ 編集 ] No.957

コメントを投稿する 記事: ギタリストと俺。新しいスタート。

こんにちは。気軽にコメントを、残していって、くださいね。
非公開 (管理人のみ閲覧可能なコメント) にしたい場合には、ロック にチェックを入れてください。

  任意 : 後から修正や削除ができます。
  非公開コメントとして投稿する。(管理人にのみ公開するナイショ仕様)
 

Trackback

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。