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PATRIK TIMES私は現代に生きるスナフキン、またの名をフキンシンという。アブサン飲んで、グッド・バイ。 

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パシフィック・リムの感想と考察

   ↑  2013/08/20 (火)  カテゴリー: 映画レビュー
まだ観ていない人のために、前半はネタバレ無し、後半は ネタバレありでレビューしていきます。

監督は「ギレルモ・デル・トロ
メキシコ出身の監督で、10年以上特殊メイクに関わった後に監督になるという異色の経歴の持ち主。
その経歴も活きてか、本作も「怪獣(Kaiju)」の造形のリアルさ、デザインの特殊性が大きな見どころのひとつになっています。彼の有名作の一つであるパンズラビリンスに出て来るパンのような、妙に人間味の感じられる独特の雰囲気をもったデザインの怪獣が数多く出てきます。妙にリアリティがあったりグロテスクに見えるのは、まさに特殊メイク業界での経験が活きているといえるでしょう。怪獣の血が吹き出る場面や脈うつ場面、しっぽが巻きつく場面など、非常にリアリティがありのめりこめます。

ただし、内容的には「パンズ・ラビリンス」的なリアル志向のグロテスク作品とは大きく異なり、近年の映画作品でいうとバトルシップに近く
「アクション性の高い近未来SF映画」
的な作品に仕上がっています。日本人が活躍する、海での戦闘が中心、未知なる生物が相手と、類似点がいくつかあります。

日本の要素が出る映画は非常に多くありますが、その多くが
「ワイルドスピードX3」
のように、どうみても日本じゃなかったり、日本人役の出演者がカタコトの日本語を喋ったりする中、この作品では
「菊地凛子」さん
「芦田愛菜」ちゃん
ら二人の日本人がきちんと日本人を演じてくれます。しかも、ヒロイン。
こうした大作で日本人が準主役級をやるのは非常に珍しいことだと思います。まずそこが見どころです。

公開前からわかる人はわかると思いますが、ウルトラマン等の日本の特撮や、エヴァやガンダムのようなロボットアニメのオマージュがわんさか、監督の男のロマンを体現したような映画です。そういう意味では「当時」ウルトラマン世代だった結構年齢層の高めな大人が観ても楽しめると思います。作品中にも、怪獣マニアの博士が出てきたりしますが、そういう人のこの映画の評価が気になるところではあります。ロボットアニメ、ロボット映画好きの自分にとってはかなり楽しめる映画でした。こいつバルタン星人じゃね?とか、特撮モノと比べて観ると更に面白いかもしれません。当時観ていたものがかなり高いクォリティになって劇場で観られる、となると、観くなる人はたくさんいるはずです。

この世界では、未知なる存在「Kaiju」と戦うロボットは「イェーガー(ドイツ語で狩人の意味)」と呼ばれています。このイェーガーのデザインや動きに関しては、賛否両論あると思います。

まず、ロボットアニメによくあるような派手な変身シーンや合体シーンは一切ありません。ガンダムのような尖ったアンテナやシャープな造形でも無し。戦闘もパンチが中心で、デザインも非常に地味でリアリティを重視しています。そういう意味ではややフロントミッションやアーマードコアに近いですが、何しろ巨大。巨大ゆえにかなり鈍重です。その上アーマードコアやフロントミッションのようなバーニアスラスターが無いため、基本的にスラスターは使用せず歩行での移動になります。歩く度街を踏みつぶす様はまるでウルトラマン。笑

日本のロボットアニメでいうと、ビッグ・オー的な重厚感があり、その重厚さ、鈍重さこそがイェーガーのウリですね。デザイン的には主人公機よりストライカー、チェルノの方が好きでした。ただ、肉弾戦中心の近距離タイプというポジションなのは男気があって素晴らしいと思います、「ジプシー・デンジャー(主人公機)」。

運転システムは、過大な負荷を分散させるため2人のパイロットによるシンクロ「ニューラル・ハンドシェイク」が必要という斬新なもの。それゆえコックピットも特殊な形になっている。その際に記憶の一部もパイロット二人で共有することとなり、そこが本作品の一つの大きなカギとなっている。

シンクロというとエヴァを思い出すが、そうしたロボットアニメのロマンを感じさせます。操縦システム的には、どちらかというとエヴァよりはアクエリオンの方が近いけど。
アクエリオンでは
「あなたと合体したい」
という下ネタがあったが、こちらの作品でも、
「君と結合したい」
「結合で大切なのは、心の繋がりだ」
というようなどう解釈しても下ネタに聴こえるような台詞がいくつか。

舞台は香港中心ですが、日本人の女優が出演するロボット映画ということで、日本人もワクワクでき共感できるポイントがいくつもあるため、必見。個人的にはかなり面白かったです。特撮オタク、ロボットマニアにとっても楽しめる映画だと思います。どちらかというと、女性よりは男性、しかもややオッサンの方が楽しめる映画かも。登場人物の心理描写はやや薄く内容も薄めですが、それを補ってあまりある「イェーガー」そして「Kauiju」の織りなすアクション。魅力的です。
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2013/08/20 | Comment (2) | Trackback (0) | このエントリーをはてなブックマークに追加このエントリーを含むはてなブックマーク | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑

きゃりーぱみゅぱみゅは高校時代からきゃりーぱみゅぱみゅらしい活動をしていた。

   ↑  2013/08/02 (金)  カテゴリー: 個人的オススメ音楽
FNS歌謡祭で千秋が口パク批判したという騒動で、「基本生歌」というスタンスのFNSできゃりーぱみゅぱみゅが口パクだったことで一部から叩かれている。

「口パクで歌手自称するなよ。他の歌手に失礼」
そういうコメントがあった。自分はそうは思わない。きゃりーぱみゅぱみゅにおいて重要なのは生声ではなく。人形っぽい、半ボカロ的な声と、服装、世界観、それから踊りである。そういうもの全てを含めてパフォーマンスといえる。彼女は歌えないわけではなく、ライブでは声を出していることも多い。ライブが続いた結果声が枯れたこともあったし、それくらいハッスルしている一方、FNSでそうしなかったのは、曲やパフォーマンス全体の魅せ方を考慮してのことだろう。

歌手
という言葉に拘る人がやたら多いが、彼女は歌手というよりパフォーマーでありアーティストである。きゃりーぱみゅぱみゅという人物一人というよりは、彼女を含めたスタッフ含めた全員が「ぱみゅぱみゅプロジェクト」的なアート集団である。そんな観方をしてもいいんじゃないだろうか。


ということだけに拘るならば、「歌がウマい」だけの歌手なら山ほどいる。ともいえる。ディーバ系の女性歌手は溢れるほどいるが、溢れるほどいるということはつまりよほど存在感や声質に特徴が無いと市場価値は薄い。生歌がいいから歌が上手い人だけ出せ、という理論でいくならば、きっと番組は変化がなく非常につまらないものになっただろう。

パフォーマンスには多くのアプローチがあっていいということ。歌って踊れる三浦大知みたいな人がいてもいいだろうし、千秋みたいにタレント且つ歌がうまい人がいてもいいだろうし、平原綾香みたいに踊ったり派手な動きはしないけど歌がうまい歌手がいてもいいだろう。踊りに重点を置くダンサー系がいてもいいだろうし、デジタルに拘る人がいてもいいと思う。昭和系歌手は確かに上手い人が多いしそれは魅力的だが、それだけではつまらない。歌手という定義にとらわれ幅を狭めるのはつまらない。

気に食わない人はいてもいいと思う。そういう人は「世間はこうだ」「普通はこうだ」のような一般論に転嫁しようとせず、
「自分は好きじゃない」
ただこうだけ言えばいいし、その考えを他人に押し付けるのは間違っている。色々な考え方、色々な趣味志向が世の中にはあるのだ。俺はダンスやパフォーマンス重視の歌手も好き、ヘタウマな歌手も好きなので、そういう歌だけに拘りをもった人間とは相いれないと思うので、押しつけないでもらいたい。

口パクなら誰だってできるし俺だって出れるわ
そんな意見もあった。しかし、きゃりーぱみゅぱみゅは誰にでもできるものではない。
歌詞も曲も中田ヤスタカで、じゃあ、きゃりーは何をしているの?
と疑問に思う人も多いだろう。テレビに出て歌っている姿を観るだけでは理解できないのも無理は無い。

きゃりーの存在感については、デビュー前を含めた過去の動画を観ることでわかってくる。
「プロデュース」
される前の、自分で自分を演出していた頃の動画だ。彼女が人の手で演出される前から、ファッションや行動で個性を発信していたことがよくわかる。これは、多くの一般人にとってなかなかできることではない。彼女はファッションリーダーでありパフォーマーでありアーティストなのだ。もちろん、ヤスタカさんと出逢うことで音楽という要素が急激に強まり存在感が圧倒的に増したのはあると思うが、誰でもヤスタカさんと組めばきゃりーのようになれる、というわけではない。素材があるから、素質があるから組めるのだ。

高校1年生くらいまでは、髪型も大人しめで見た目は女子高生らしかったが、、行動はやはりややキチガイめいていた様子。
きゃりーぱみゅぱみゅのJK時代がかわいすぎるwww
友達と二人で夏色を歌う映像。ここらへんは高校生によくある映像といえるかもしれない。

天才ピアニストきゃりーぱみゅぱみゅの悪ノリ演奏

きゃりーぱみゅぱみゅの女子高時代

きゃりーぱみゅぱみゅ JK時代の映像
青春っていいなあ、と思わせる笑

エレクトリカルP
あらぶりすぎw

ここらへんの動画から、今のきゃりーと通じる面白さが出て来る。
きゃりーぱみゅぱみゅ ぷかぷか星人
アホすぎるw

きゃりーぱみゅぱみゅ ぷかぷか星人お歌の時間(Chara やさしい気持ち)
2009年くらいの動画。つまり当時16歳くらい。ええー、、その頃からおかしかったんだね。笑

きゃりーぱみゅぱみゅ ガールフレンド ルースターズ
高3くらいの頃の写真のスライドショー。普通にかわいい。

【namito】高校時代のきゃりー
動画はなんかきもちわるいが、当時の雑誌出演時のファッションセンスがわかる。安い服も含めて個性的に着こなすなど基本的に今とスタンスは一緒。そういえば原宿系女子としてテレビでインタビューされていた動画も以前Youtubeにアップされていたが、その時も独特なファッションだった。

【トーク編】きゃりーぱみゅぱみゅの生主時代【貴重】

なんだか黒歴史のような気もするが、見た目は独特で、不思議な雰囲気。変顔も。この年齢でギャルでもないのに金髪のウィッグをつけてきゃりーを自称する人はそういないだろう、、自分の中で世界観をつくりあげていたことがわかる。ここまで突っ走っていると、厨二という言葉だけで片づけられるものではないだろう。

【貴重!!】きゃりーぱみゅぱみゅの生主時代
高校の頃とノリが一緒w
コメント欄に、
『「今とは違う姿」ってあるけど、全然同じだったよ
今と同じぐらいすごい愛想よくてかわいらしかったし、
そして今と同じぐらいイカれてた
とあるから、当時から奇抜なのは一緒らしく、好印象。

ここらへんからデビュー。まだ中田ヤスタカさんではないはず。
ミラクルオレンジはきゃりーの歌だから著作権ないぜ

髪の色がすごいことになっている。

きゃりーぱみゅぱみゅ: 変顔

ワイルドで行こう
高校時代とノリがいっしょ笑

Kyary Pamyu Pamyu - Love Berry
ヤスタカ前のきゃりー。貴重かも。これはこれでなにげにいい曲。
再生数が少ないからほとんど日本人はみてないかもこの動画。

Kyary Pamyu Pamyu - Miracle Orange with Lyrics!
高校時代の曲。

あたしは猛獣使いのベイベ
悪ふざけ。再生数が少ないのでほとんどの人がみたことないかもwぷかぷか星人と一緒だね。

このように、デビュー前から奇抜な格好や行動をしてきゃりーを名乗っていたことからして、彼女が
「やらされているアイドル」「作られたアーティスト」ではないことがわかる。
それは今も一緒で、変な服装や行動をする一方で、彼女は基本的には礼儀正しく発言も普通の女の子らしいところが多い。そういう自然体の中でみえるおかしさや奇妙さ、可愛さみたいなものが彼女の魅力であるように思う。プロデュースされている今でも、きゃりーは一人の20代の女の子である面をしっかり残している。

こうした過去の動画を観ることでわかってくるのが、曲の歌詞の世界観も、
作詞:中田ヤスタカ
となっているが、完全にヤスタカさんオンリーのものではないということ。あくまできゃりーがいてのこの歌詞の世界観ができあがっていると観るべきだろう。実際、日常会話や会議できゃりーが出した言葉やネタをヒントに歌詞が構成されているそうだ。

この記事に含まれるタグ : きゃりーぱみゅぱみゅ 生主 高校 魅力 歌手 FNS 口パク  

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2013年FNS歌謡祭全出演陣みての感想と考察

   ↑  2013/08/01 (木)  カテゴリー: 日記・妄想
知り合いのバンドマン系や音楽が好きな人たちは殆ど観ていないこの番組。
「クソなやつらしか出ていないお遊戯会だろう」
そういう気持ちはわかるが、俺は結構こういう番組は好きだ。
酒を飲みながら色々とツッコみつつ、Twitter等で他の人のツッコみを観つつ観賞するのが通の楽しみ方だ。いい酒のツマミになる笑

最近では韓流要素も薄れ、今回はAKBと嵐がいないというのが今回一番大きな変化だった。
嵐やTOKIOが出ない一方でキスマイや山P等他のジャニーズは活躍した。嵐が出ないのは、ジャニーズの派閥の問題か、ギャラの問題か(嵐はギャラが非常に高いらしい)、過去にこの番組でイヤモニ等の関係で生歌失敗したからか理由はわからないが、日本に非常に多くいる嵐ファンにとってはガッカリな選択かもしれない。(恐らく年末では出るだろうが)

AKBはツアーを当てた(札幌ドームコンサート、ゲスト前田敦子)ため出れないという名目だが実際は生歌が放送に耐えられないという理由が大きいだろう。Perfumeが出ないのも同じ理由であると考えられる。個人的にはPerfumeは観たかった。2011年のように、10組近くAKBがコラボしたのは正直「またかよ、もっと他出せよ」という感じで不快だったしネット上でも同じ意見の人を非常に多く見たため苦情も多かったのかもしれない。フジテレビはお台場合衆国や総選挙などAKBとベッタリなイメージなので、今回出なかったのは正直意外だが、個人的には評価できる選択。

今回は、
・韓流を減らした(韓国とベッタリなフジのイメージからの脱却)
・生歌主義にした(上手い人、下手な人がわかりやすくライヴ感が増した)
・幅広い事務所から出し偏りが減った(アミューズのアーティストが出なかったのは気になったが、Mステのような露骨な偏りは無かった。やはりスポンサーがエイベックスなこともありエイベ系は多かったが許容できる範囲内だった)
・例年のように1アーティストが8~10回出演のような露骨さが無かった
・ゴリ推しといわれる剛力さんが出なかった
・やはりコラボが多かった(特に過去の名曲といわれる曲は耳にタコができるくらいよくテレビで流れるので飽きているため、コラボで新しいアーティストに歌わせたりすることで中高年や老人以外も退屈せずみられるようになっていた。)
・他の番組ではクソほどある露骨な番宣が殆ど観られず番組単体で楽しめるようになっていた
等評価できる点がたくさんあった。家族で安心して観られる音楽番組になっていると思う。Twitterも、普段テレビをあまり見ない層ですら盛り上がっていた。Twitterがあることで番組をより楽しめるようになった。
ツッコミどころという意味では紅白よりも面白いかもしれないと思ったし、年末のレコ-ド大賞とかいうクソ番組よりよほどこちらの方がヤラセ感が無く楽しいと感じた。

一方で今回不満だったのは、森高千里やパフィーやTRFやきゃりーぱみゅぱみゅなど二曲やる人がいた一方で、平原綾香や清水翔太、浜田麻里やBENIなど、一曲のみの参加でコラボが少ない人たちがいたこと。特にぱみゅぱみゅのコラボは観てみたかったがキャラが崩壊しかねないので参加しどころが難しいのはあるかもしれない。

曲の選出はまだまだ一考の余地がある。渡部直美のような驚きのあるコラボや、miwaと橘さんの「失格」のようなコラボがもっと増えると番組は面白くなるだろう。

■今回でなかった意外な人たち
「嵐」
「AKB48」
「ゴ-ルデンボンバー」
「News(テゴマスは出たのでグループで出なかったのは意外)」
「いきものがかり」
「福山雅治」
「平井賢」
「コブクロ」
「Perfume」
「aiko」
「ソナーポケット」

■でたら面白かったんじゃないかと思う人たち
「三浦大知」
「Winds」
「宇多田ヒカル」
バンド系は赤い公園の人ぐらいで、B'z、ラルク、ミスチル、サザン、ポルノグラフィティ等は出ず。そういう意味ではやや豪華さが薄かった。MIYAVIは出たがコラボオンリーで自分の曲はやらずという感じ。

番組自体が家族で観る音楽番組という雰囲気で構成されているため、とにかく祭りの明るさ意識で構成された番組なので、歌謡曲やポップス色が強いのも無理はない。バンド系はそういう意味ではこの番組らしくないといえばらしくないが年末はもう少し豪華にするだろうことが予測できるので、サザン等が出る可能性は十分ある。

「80曲中68曲を生演奏予定56曲が名曲のコラボレーション!」
との売りの通り、異色コラボから正統派コラボ、歌謡曲から最近のヒット曲、アイドルソングからアニメソングまで幅広く対応している音楽番組になった。

フジテレビにはいい印象がないが、近年この番組に関しては特定事務所をひいきしすぎている印象も無く幅広い人間を出すため素直に楽しめるので好きだ。音楽としては、本格派のバンド系や実力はあるがテレビにはあまり出ない人たちは出ず、たまに出ても自分の曲は歌わないので、あくまで大衆意識で作られている印象はある。

このコンセプトで番組を作り続けてくれるのならば、年末のFNSも期待できる。
嵐やサザン、B'z等出る可能性があるのでまた出演者の変化とツッコミを楽しめそうだ。

この記事に含まれるタグ : 2013年FNS歌謡祭 FNS歌謡祭 出演者 感想  

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ギタリストと俺。新しいスタート。

   ↑  2013/06/25 (火)  カテゴリー: バンド活動
こんにちは。今日は音楽の話。
バンドを創設したギタリストをクビにした。今回はその経緯を話そうかなと思う。

栗と俺


俺がバンドに入った理由は、至極単純なものだった。ある程度想像力がある人間にとって、人生はつまらないものになりがちだ。先の先までどうなるか読め、また、読めることで冷めてしまう。予め当選番号がわかるLOTO6のようなものだ。

どれくらい勉強すればどの程度の学校に入れ、それからどう大学生活を送ればどの程度の企業に入れて、それからそうした企業に入ったらどういう仕事やどういう同僚がいてどういう人と周りは結婚して。大人になるにつれ、努力すればできることと、努力してもできないことがわかるようになってしまった。

先のことを想像する度に、自分の人生のこれからが色褪せてクダラなく見えた。他の人間が真剣に人生を考え受験をする中、自分はゲームをして漫画を読みながらなんとなく早稲田に入った。周りの同期をみると、ゴルフにテニスにオシャレなバー、見た目ばかりで知性もセンスも無い女が群がり、クダラない優越感のために生き、会社で頑張って稼いだ金を女や風俗に使うような、創造性のカケラもない毎日を送っている。替えのきく人間ほどつまらないものはない。そういう人間になりたいとは思えなかった。

創造的行為は、先の予測がつかないもののうちの一つだった。自分にできるかできないか、試すだけの価値があるか否か、ということよりも、先の予測がつかない刺激が、自分にとって必要な何よりのことだと思った。つまり、やりたいか、やりたくないか。それだけが問題だった。俺は絵を描くことや、文章を書くこと、歌うことが好きだった。やる度に成長し、やる度に可能性や未来がひらけ、絶望や希望がその度に顔を出す。知的快楽を求めている限りは、退屈とは程遠い日々を送ることができる。そう信じていた。

Siberiaというバンドは、埼玉で売れてがんじがらめになっていたバンドを抜けて自由にバンドをやりたいという気持ちで、そこのギターをやっていた栗が創設した。いわば、栗の、栗による、栗のためのバンドだった。栗は、同級生のベーシストぐっさんと、向上心のあるドラマーうっちゃん、それから、歌が特別うまいわけではないが、芸術肌で音楽の趣味(当時はRHCP、Nirvana、Rooster、Incubus、Nickelbackなど)のあった俺を集めた。

はっきりいって、栗以外は皆素人だった。うっちゃんはやる気はあったがヘタクソだったし、ぐっさんはセンスがあり上手かったがバンド活動については無知、俺は音楽の趣味は合ったがバンドについてはBECKぐらいの知識しかなく基礎もまるで無かった。比べて、栗はバンド経験が長く、二バンドほど経ていたため知識も実力もあった。当時は、音圧のこと、音被りのことなど、一番気にして音作りをしていたのも栗だった。そういうわけで、当初、俺が一番信頼していたメンバーが栗だった。

酒を飲んで一緒に暴れるのが楽しかったし、背中にたくさん入った刺青や、掘り師でブルースギタリストの師匠の話、親の離婚、ヤクザや暴力の話など、BECKの世界を体現しているようで本当にワクワクした。栗は、一緒にいることで、常に期待させる何かを持っていた。絵も上手く芸術肌で、そういった面も気が合い、好きになれた。平日の夜に二人で飲んで馬鹿騒ぎすることも多かった。警察に捕まりそうになったり、二人でアブサンを大量に頼んで記憶を無くしたり、刺激とスリルのある日々を送った。そういうわけで、栗と一緒にバンドをやっているのは、楽しかった。刺激の無い大学生活と比べ、バンド活動は栗のおかげで俺の人生の楽しみ、希望になっていた。

俺は経験のある栗を信頼していた。ライブのやり方や、活動のやり方など、栗は、俺達の知らない様々なことを知っていた。何も知らない俺たちは、クソみたいなライブハウスのクソみたいなイベントに出たり、テレ埼深夜の視聴率ほぼ0の番組に出たりと、殆ど意味のないことをしていた。曲もひどいもんだった。しかし栗は何も言わなかった。言うことでバンドがギスギスすることを恐れていたくりは、音楽的な問題点についても、他のメンバーについては殆ど意見を言わなかった。それもあってか、バンドは衝突すること無く、モチベーションを保って続いた。

音楽の趣味とセンスが合う4人だったので、活動は順調で、音楽もライブも確実によくなっていることを実感していた。新曲を作る度に、初めの方に作った曲が恥ずかしくなるような成長の日々が続いた。

バンドの変化と成長

バンドを続けるにつれ、変化が始まった。一番が、ぐっさんの変化だった。活動を続けるにつれ、ぐっさんがどんどん音楽にのめり込み、ストイックになっていった。トイレの中でまで音楽を聴いたり、バンドに知らない音楽を持ち寄ったりしていた。それまでレッチリ以外はNirvanaやNickelback等のグランジやハードロックの影響が強いグループだったが、ぐっさんがレッチリのルーツをたどるにあたり出逢ったFunkadelicやAverage White Bandなどファンクバンドを皆で聴くにあたり、ファンクへの理解が深まり、音楽性も序々に変化していった。ぐっさんは他にもStevie Wonder、Marz Volta、Jamiroquaiなど様々な音楽を持ち寄って意図的にバンドにいい影響を与えようと努力していた。

バンド活動に一番本気なのは、くりではなく、ぐっさんになっていたと思う。それに引っ張られるようにして、俺の方も、Nirvanaに影響を与えたであろうバンドを掘り下げる中で、PixiesやSonic Youthの影響を受け始めるなど、行動や音楽性に変化が始まっていた。うっちゃんも、人ごみが嫌いでライブにも行かない、他人と関わらない消極性の中でも、自宅の電子ドラムを一人黙々と毎日叩いていたので、確実に成長していた。

それまでは曲は栗が持ち寄る曲をやることが多かったが、ぐっさんが持ってきた曲を演ることも多くなっていった。栗はニッケルバックのようなモダン要素もあるハードロックが理想で、ぐっさんは縦にはねる要素のあるファンク系のロックが一番の理想、俺はその中間が理想だったので、二人の持ち寄る曲を半分半分くらいでできればいいと思っていた。栗が持ってきた曲がぐっさんに容赦なく没にされることも多かった。それを恐れてか自信の無い栗は家のPCにストックを貯め込んだまま持ってこないこともあった。そのような形で、バンドの曲作りの形態に変化が起こり始めていた。

そういう中で、互いの駄目な点に口を出したい欲求が高まってきた。ぐっさんが一番ストイックで、積極的にメンバ-のことや音楽のことについて指摘していた。うっちゃんも栗もあまり言わないタイプだったが、俺は、言うことは信頼していることの裏返しでもあるし、進化するために必要なことだという考えから、毒舌なぐっさんへの信頼が強くなっていった。栗にも、もっと独裁者のようにふるまって欲しかった。
「それで従うか否かは俺達が決める。恐れずに指摘し、恐れずにやりたいことを言ってくれ」
そのようなことを言った。ぐっさんも同意見だった。うっちゃんは相変わらず無口だったが、それは仕方の無いことだと諦めた。栗は臆病でシャイなのでシラフの時は何も言わなかったが、酒を飲む機会を作り、少しずつ言うようにしてくれた。本当に少しだったが。

2011年。バンドは明らかに成長していた。当時は全員が共通して好きだったレッチリを基盤としたファンク系のオルタナを目指し、複雑な構成の曲を好んで作っていた。それぞれが、自分のテクやセンスに関して自信を持つようになっていた。皆が向上心を持って練習していた。どうすればバンドが人気になるか、そういった細かいことはよくわかっていなかったが、音楽が進化していたので、希望を持って活動することができた。攻撃的なスティングレイを使うぐっさんに合わせて、使いなれたレスポールから慣れないストラトに持ち替えるなど、栗もバンドの変化に対応するように新しいことがどんどん始まっていった。

カルト、ブレイキンなど、それまでとは違うクリアな音でじっくりと練られた新曲が次々と生まれていった。バンドの活動のやり方も、序々に考えるようになっていた。それまでは何も考えずにブッキングライブに出演していたが、いい箱を探して出るようになった。酒を節制したり、集客やパフォーマンスについて真剣に反省したりと、ストイックになり始めた。そうした結果もあってか、その年8月に演ったベースメントバーでのライブは、箱や対バンが良かったこともあり、バンドの成長を感じとれる重要なライブとなった。

ライブが終わった後の気分も良く、ライブの音源を車の中で繰り返し聴きながらドライブしたり、あれが良かった、あれがイマイチだ、などと気分良く話したりした。いいライブをした後というのは、いつもそうだ、雨上がり射しこむ太陽の光のように、晴れやかな気分になれた。

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オクトーバーフェスの盛り上がり具合を参考に、ライブイベントを盛り上げる方法論を考えてみる。

   ↑  2013/06/16 (日)  カテゴリー: バンド・PR,SEO
あなたはオクトーバーフェスをご存じだろうか。
日本語に訳すと十月祭り。しかし春だろうが夏だろうが一年中そこらでやっているドイツのお祭りだ。はっきりいって日本のオクトーバーフェスはすべての飲食物がクソみたいに高い。俺は長いことドイツに住んでいたが、あんなに高いビールやソーセージは観たことがない

量は多いが一ビン1300円+グラス保障1000円、ソーセージも大したことないおおきさのもの一本で600円くらいしたりする。刑務所のアルバイトでしゃぶるチンコの値段よりも高いかもしれない。普段だったらこんなものクソッタレだ馬鹿野郎このボッタクリ野郎が馬鹿野郎この野郎お前、、となるところ。

しかしオクトーバーフェスは違う

ビールの値段など気にせず何杯も飲み酔っぱらってしまう。貧乏人も含めてお祭り騒ぎ。財布の中に5000円しかない俺が、その場でビールを二本空け、ソーセージを食べ、気がついたら帰りの交通費しかないという状況になっていたこともある。

とにかく皆テンションが高いのだ。酔っぱらった知らない女性に話しかけられたこともある。美人だった。普段では有り得ないことだ。知り合いは行った後そこで出逢った人とファックして帰ったという。日本では考えられないランチキ騒ぎだ。何がそんなに楽しいのか。

ライブステージでは日本では全く知名度の無いドイツのオッサンバンドがよくわからないドイツの曲を歌っていたりする。別に特別上手いわけでもない。同じ日に、同じ曲を何回もやったりする。日本の小さいライブハウス同じことをやっても、恐らく大して盛り上がらないだろう。しかしオクトーバーフェスだとみんな飛び跳ねて大声をあげてビール瓶を持ち上げて騒ぐ。

ステージ上で乾杯の音頭がかかる。

「アインス!ツヴァイ!ドライ!ズッファ!プロースト!Yeahhhhhhh!!」

みんな合わせて掛け声。お前らほんとに日本人かよ。といった感じ。ノリが外国。

さて。そこで俺は疑問に思った。ライブハウスとオクトーバーフェス、何が違うのか。
酒のうまさなんて大したことはない。ビールなんてどこにだってある。ソーセージが出れば盛り上がるのか。そんなわけはない。ライブハウスでソーセージを出しても同じようなことにはならないだろう。ソーセージを出せば盛り上がるのなら、俺だっていくらでもソーセージを出す(直球)

問題点1:殆どのライブハウスは地下にある

まず第一の違いは、屋外か屋内か。オクトーバーフェスやお祭りのいいところは、野外で太陽を浴びながら盛り上がれるところだ。解放感があるとないとではかなり違う。

確かにライブハウスは殆どが地下にあるがゆえに、アングラな空気がある。そこが良さでもあるが、それゆえに初見が委縮し盛り上がれないこともある。地下独特のジメジメ感の中、最高にいいバンドを観た時は、グラマラスな美人に監禁して飼われているかのような特権性を感じることができるが、地下にあるライブハウスでは、オクトーバーフェスのように、
行けば無条件に楽しめるようなワクワク感
はない。

特に普段ライブハウスに行き慣れない女の人なんかは、緊張しながら、
「ここ大丈夫かな、、場所あってるよね、、」
なんて不安を抱いて地下に降りるケースが多いだろう。まずここが大きな違いであるように感じる。つまりは、地下でジメジメしたところにあるが故に、テンションが低く、盛り上がるためのハードルがあがってしまっている。

地下に降りながら、
「ウヒ~アングラでロックな空気!サイコーだぜ。今日はどんなバンドが出てくれるんだ!?」
なんてことを思いながら、何も知らないバンドを観に行くファンキーな人は、日本には少ないだろう。外国ではそういう人はたくさんいそうなイメージがあるがなかなか日本はそういった面でライブ向きではない。

ハードルがあがってしまっているので、出演バンドのレベルがかなり高くないと盛り上がれない。客煽りや曲構成の工夫をしている実力のあるバンドが出ていればそれでも盛り上げることができる。しかし多くのライブハウスは箱埋めのために適当なブッキングを組む日も多いため、そんな日に来てしまった人はもう二度と小さなライブハウスには行きたくないという気持ちになるだろう。

そうならないためには、いいイベントに出るか、あがってしまったハードルを下げる努力をするしかない。どうやって下げるかは難しいが、例えば、酒をある程度飲んでから来てもらう、というのも一つの手だ。酔っぱらうことでハードルが下がり、イベントをより楽しむことができる。ライブハウス内でのドリンクも、シラフの人は1、2杯しか飲まなかったりするが、既に酔っぱらっている人はたくさん飲むことも多く、酔うことで周囲の目を気にしず楽なるため、ノリがよくなり、イベント全体が盛り上がりやすくなる。

自分も、ライブを観に行く時は予め飲んでから行ったり、ライブハウス内で2、3杯は飲んでから観ることが多い。その方が周りの目を気にせず音楽にノれて楽しいからだ。未成年を呼ぶことの多い高校生バンドはそれがしづらいので難しいが、その分、同級生の知り合いを呼びやすく雰囲気作りは楽だ。ハードルの下げ方は他にもたくさんあり、敢えてダサいSEをかけるとか、オムツでギターを弾くだとか、ふざけるのも一つの手だし、そういうライブ前の雰囲気作りまで考えられるバンドは強いだろうと思う

殆どのバンドは、高くなったハードルを無理矢理乗り越えようとするが、それができるほど実力のあるバンドは、本当に僅かだ。もちろん、いいバンドはすべからく、それを越えるスキルを持っているし、自分はそういうバンドが大好きだが、ライブを盛り上げる方法論としては、他にも様々なアプローチを摸索する努力をしてみてもいいんじゃないか、ということ。

問題点2:フラッと来づらい雰囲気

先ほどライブハウスは地下にあるといった。それゆえに空気がジメジメしており、暗く、アングラな空気が強くなっており、行き慣れた人はともかく、初見が行きづらい空気が形成されていると思う。知らないバーやクラブイベントにフラッと足を運んでみた、という人はいても、知らないライブハウスにフラっと入ってみた、なんて人は殆どいないだろう。

ライブハウスに行くのは好きなバンドが出るからというのが第一条件の人が殆どであり、オクトーバーフェスのように、初見の人がフラっと行って楽しめるような空気があるかというと疑問が残る。いいイベントを定期的にやりイベントに固定客をつけようと努力するイベンターもいるが、バンド目当ての客がいても、イベント目当てでライブを観に行くという話はあまり聞かない。そういうのは、あってもフジロックやサマソニなどの本当に大規模なものばかりだ。

だから、小さなライブハウスでのライブは集客が非常に難しくなってくる。何も知らないで箱に入ってくるような客はまず来ないので、集客はバンドの求心力や知名度、人気のみで勝負しなければならないことが殆どだからだ。しかしインディーズで知名度と人気をもったバンドが果たしてどれだけいることか。結果、成長しきるまでは集客はメンバーの求心力頼りになることが多い。

初見でふらっと来て楽しむ人がたくさん来て楽しめる空気があれば、最高のライブを定期的に続けることでリピーターファンを少しずつを獲得し、バンドが大きくなる環境もできる。

しかし現状では、初見はまず来ないので、集客は、求心力や行動力があるか否か。ということが最も重要になることが多い。それ故に、求心力がかなり重要なビジュアル系やポップバンド、イケメンが多いバンドが強くなりがちだ。もちろんそれだけではリピーターは増えないので長続きしないが、はじめから集客が多ければいいイベントに呼ばれやすくなり、結果バンドのステップアップはかなり早く済む。

口下手で人間関係が全然だがいい曲を作るような人は、地道に地道にファンを増やさなければならないため、コネでも無い限りはステップアップが遅く、才能があるのに非常に遅咲きになったりする。そういうバンドは実力が高いためデビューしてからが強いが、今はそういうバンドは少ない気がする。

音楽で惹きつけるのが一番なわけだが、それをするにも、まず誰かには聴いてもらわなければいけない。そういうわけで、Youtubeで圧倒的なPVを作ったり、ライブ動画を載せたり、音楽を聴いてバンドを観にライブに参戦する人を増やそうと多くのバンドは苦心する。しかしそれで爆発的に集客できるバンドは稀だろう。結局、活動はかなり地道になり、ステップアップは遅くなり、初期衝動が枯れて解散するバンドも多い。

ここが日本のインディ-ズライブ事情の最初にして最大の問題点である気がする。しかし地下というのは法律上、また立地上どうしようもない。地下なら地下なりに楽しませる方法を考えなければ突破口はないというわけ。地下にありながら、初見をどう楽しませるか。初見がふらっと足を運べる空気をどう作るか。この問題が解決すれば、日本のインディ-ズ音楽業界はかつての輝きを取り戻すと推測する。しかしそれは簡単なことではない。

問題は屋外か屋内か、というだけの話ではない。屋外なら盛り上がる、という話ならば、地元の小さな商店街でやるアイドルのライブやデパートの屋上のヒーローショーはもっともっと盛り上がっていいはずだ。

フジロックやジャマイカフェスでも同様にアホみたいに盛り上がる。みんなキチガイなんじゃないかというくらいだ。さて、それらのイベントと小さなライブハウスでのライブ、何が違うのか。

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2013/06/16 | Comment (0) | Trackback (0) | このエントリーをはてなブックマークに追加このエントリーを含むはてなブックマーク | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑
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